オーストリアに恋して。

日本でサラリーマンを経た後オーストリアで大学院生に。オーストリア留学情報・蛇足なことも含め発信するブログ。

女性として生きること【私の悲しい思い出】

こんにちは、BABSIです。

 

“女性”として生まれ、これからも続く人生を女性として生きることに対して日々考えている私です。

これまで日本で歩んできた人生もそうですし、これからもしばらくは、ここオーストリアに生活の拠点を置くことになると思うのですが、そのうえでも、自分が女性であること、女性として社会の一部を構成していることについて日々考えています。

 

そして、日本から遠く離れ、オーストリアにやってきた今でも、悲しい&深く傷ついた私の過去の経験が、嫌でも時々それを思い出させるのです。

 

20代女子の「合コン」「婚活」「結婚」

私が日本で大学を卒業して企業に就職し働いていたころ、上記の言葉、特に「婚活」「結婚」というキーワードは、何かと自分にプレッシャーを与えていたように感じました。もちろん、私の人生設計に結婚という選択肢がないのか?と聞かれたら、そんなことはないですし、いずれ子供を育てたいという思いはもっています。そして、大学生だった当時、すごく保守的な考えに回った挙句、私は「仮に結婚して子供を産んだ後も、福利厚生がしっかりした企業なら大丈夫だろう」というような条件まで掲げて職場を選んでいましたから。(結局、独身のまま退職してオーストリアに来てしまいましたが。)

ただ、自分がそこまで深く考えて企業を選んでいたのは、今思えば少し滑稽だったような気もします。なぜなら、直近で結婚するような予定があるならまだしも、起こるかどうかわからない事象を心配している自分がいたからです。その当時交際している相手はいましたが、特に結婚まで考えていませんでした、相手はどうだか知りませんが。

 

どうやら、私は、いろんなステップを通りこして、だれかを本気で好きになる、一緒になりたいと思う…そんな思いよりも先に「結婚」が義務であると感じ、本気で恋愛は楽しんでいなかったかもしれません。10代の頃はともかく、20代半ばにさしかかった頃には、誰かと交際を始めた当初「まだ結婚とかはわからないよ~」とは吐きつつも、内心「年齢が年齢だし、結婚が考えられない人とは付き合えないな」というのはどこかで思っていました。それが本音です。

  

「お前、20代のうちに子供産まないと、その後子供産めなくなるぞ」

 このタイトルはやや刺激的かつ攻撃的でありますが、本当に私が言われたことのある言葉で、かつ今も私の心に傷となって残っているものです。

日本に住んでいたころ、ある人からかけられた心ない言葉です。今でも思い出すと泣きそうになります。

この発言をした方というのは、私と同世代ですがかなり早い時に結婚され、既にお子さんがいました。この発言を向けられた時期は、ちょうど私が退職、そして渡欧して勉強する決意を固めようとした頃でしたので、毎日この言葉について考えていました。

そして、私もこのときいい大人でしたが、泣くほど嫌で、母親にこの話をしながらぐずぐず泣きました。自分がやろうとしていることは、果たして正しいのかと。

まあ、ここに書くこともなく、母は私をサポートしてくれたので今の私があるのですが。

母とも話していて感じたのですが、まずはっきりと言えることは

人生においてなにが幸せかは人それぞれ

タイミングもひとそれぞれ

ということ。

私の母が私のことを産んだのは30代半ばの頃でした。

このタイトルの発言をした方は、「子供産むのが遅いと親が年寄りだと思われるから嫌だよね」とも言ってました。

ついては私の親もそういった視点でみられることの対象なのかもしれない。

が、私は私の母親が母親でいてくれることで人生が幸せだし、こんなバカげた発言にたいしてはここでスペースをとるべきこともなく、「だから何?」って感じでしょうかね。

 

オーストリア人の友人がくれた優しい言葉

 オーストリアに渡ろうと決めてからも、「じゃあオーストリアで結婚するの?」とか「いまから勉強?!(ありえない…)←このカッコの中は心の中では思っているけど、おそらく口には出していない…」

といったことはことごとく言われました!

 

一体、私はなんなんだ、と。私がやっていることは、正しいのか。

 

そして、ウィーンに渡ってから、オーストリア人の友人ができました。

彼女も今年から趣味で日本語を勉強しており、よきタンデムパートナーでもあります。

ある日私は彼女に、日本での「結婚」について話しました。

 

”私は若くないから、留学と退職には相当な勇気が必要だった。応援してくれる人もいたけど、つらいことの一つは「子供が産めなくなるぞ」といわれたり結婚をせかされたりしたことだった。また、留学したからといって、その後いいポジションにつけるわけではないことはよくわかっている。ウィーンで生活できていることはうれしいし私の人生の中できっと必要なことだと思うが、時々自信を無くしそうだ。 ”

 

そんなこんなで、ついに涙腺が崩壊したのですが、その後すかさず彼女は私を抱きしめてくれました。「若くない?!なんで?私たちまだ27歳でしょう?」

 

彼女は私と同い年ですが、2年前に結婚し、既に子供が一人います。

「タイミングはみんな違うし、私は、あなたはとても勇気があると思うよ。一人でウィーンにやってきて、勉強を頑張って、それはとてもすばらしいことじゃない?」

 

そんな言葉をかけられてさらに私は彼女の腕の中で泣きました。そして彼女はこう言いました。

「私の夫の姉は、43歳子供を産んだよ。それが彼女にとって初めてのベイビー。でも、それだけ。何も問題ないでしょう?」

 

“女性”であることの縛り

 結婚や出産というキーワードに関しては、女性であることに対する縛りは日本にいたときのほうが感じていました。かといって、オーストリアのほうがフリーなのかと言えば、そうとは言い切れないと思います。色々な人と会話をしますが、人によって思考はそれぞれです。

そう、それなのです。そもそも人生は一人ひとり違うのですから、誰かが誰かに何かを迫るようなことはしなくていいと私は思うのです。

 

 

女性である以前に、私は一人の人間である。まだ悲しい気持ちは消えないですが、この地で生きているうちにきっと傷は浅くなると思います。