オーストリアに恋して。

会社員を経た後オーストリアで大学院生に。オーストリア留学情報・蛇足なことも含め発信するブログ。

”留学”という行為に意味があるのではなく、”どんな留学にしたいか”という意志があってこそ留学に意味がある

こんにちは、BABSIです。

長ーいタイトルでございます。今日は、ちょっと私がオーストリアの大学院で学ぶためにこっちで生活して、留学に対し考えたこと、思ったことを書きます。

 

まず言っておくと、私は自分がオーストリアに来て大学院に入るにあたり、自分自身に対し「留学」という言葉を使うことに非常に抵抗がありました。

なぜなら、留学前の自分は、「留学なんて経済的に余裕がある人たちがするもん」ってイメージが強かったんで。実際、かなり辛辣なことを正直に書かせてもらうと、言語を習得するために多大に投資してもらって海外にいったのに、結局ろくに話せるようにならなかった人も知っていますし、一番は、「留学」=金持ちの子弟がすること、ってイメージが強かったので。これに対し私自身は自腹でございます。仕事も辞め、しかも当時大学院の合否が分かる前に渡航したので、これはもう人生の中で大きな賭けですね。

結果的に大学院に合格したので、滞在許可をもらい、今もウィーンにとどまっているわけですが、もし不合格だったら…と想像すると、おそらく私は日本に戻っていたか、違う道を模索していたでしょう。生活のこともあるので、もう一度働き、資金を蓄え、ドイツなどに行きなおしていたかもしれません。そういったことまでイメージしたうえで、もちろん仕事はやめたのですが。

 

さて、話を変えます。

単に「海外に行ってきた」という事実を「留学してきたのよ~」って言い換えているひとはとても多いと思います

また、ここオーストリアは、音楽関係で学びに来ている方が大多数を占めます。それも、この国は音楽の本場ですし、そういった土地で音楽を学びたいという気持ちもわかります。留学した結果、すばらしい成果をあげて活躍されている方ももちろんいらっしゃいます。「ウィーンに音楽留学していました!」なんて言ったり、履歴書に書いたら、見栄えがいいですよね。ひょっとしたら、この人ってすごいんじゃないの?!って。

でもね、そんな人今の時代たくさんいます。(音楽に限らず、私のように社会科学的なことを勉強している人間もしかり。ここが音楽の本場で現に音楽留学者が多いのであえてたとえで書かせてもらっているだけです)

でもね、ただ外国に来るだけじゃ、何にもなりませんよ。

ただ外国に来て普通に暮らしているだけだったら、なじみのある日本にそのまま住んで努力したほうがよっぽど良いと思いますし、確実に成果を上げられると思います。

 

というのも、ちょっとこの前あることを日本人の方から聞かれたからです。

その方はすでに私より長くこちらに住み、すでにこちらの学校で音楽を学ばれています。しかし、もうすぐ卒業制作の課題に取り掛からなければならない。

そこで「ドイツ語で論文書いてくれる人、知りませんか」という質問が私に来た。

うーん、まず思うのは、

ウィーンに留学しようと決めた時点で、卒業論文だって授業だって、すべてドイツ語でやらなければならないことはわかっていたはずですよね。

そしたら、ウィーンに到着してから論文をかくまでの期間を計算し、それまでに地道に語学を上達させるために自分で努力することもできますよね。

(その他の私の知っている方は、最初はもちろん自分で書きあげ、それを最後にネイティブにチェックしてもらったと。やり方としてはそれが普通かと思います。)

もちろん、これは精神論的な話が入ってるので、ビジネスとしてだったらやってくれる人はいるでしょうし、同じようにやっている人もいるでしょうよ。

だからあれなんです。

本当に自分でどうにかしなければ…という状況に追い込まれなければ、人間は成長しようと努力しないんじゃないかって

きっと、その方は、論文をドイツ語で書いてもらうためにはその報酬を相手に支払うのでしょうけど、それも親御さんからの仕送りでしょう。

簡単に言わせてもらえば、やっぱり、何の努力をしなくても金ばかり受け取れる状況に置かれていては、人間、ろくなことを考えないのです

 

以前、ドイツ語学習への向き合い方について記事を書いた時にも述べましたが、ある人から「時間はそんなに大事じゃない」とか色々言われましてね。

babsi.hateblo.jp

それは、私がまだドイツ語がだいぶできない頃でした。でもね、一時は寝食を忘れるくらい没頭しましたよ。もちろんまだまだドイツ語の壁はありますが、結局そうした取り組みがあったから、今、この大学にいるのだと思っています。

別に特に自分を持ち上げているわけではないのですが、

たまに、留学生と話していると「自分がおかしいの?」って思うことがあるので。

「わからないわからない」と言っている暇があったら、そのわからないことをわかるおうにするために、机に向かいましょう。

ただこのオーストリア(ドイツ語圏)にやってきて、フツーに生活しているだけでは、言語ができるようになんかなりませんよ。本来の目的としてきた学問にだって、それでちゃんと向き合えますでしょうか。特に言語は、学ぶ環境としては日本よりいいことには間違いないです。ただ「留学」するという行為で人間は何かできるようになるのではなくて、「どんな留学にしたいか」というそこに込めた意志の固さによって、

その人の成長度が変わるのではないでしょうか。