オーストリアに恋して。

日本で会社員を経てオーストリア・ウィーンの大学院生に。将来日本を元気にしたいと思い本気で勉強しています。

目標を実現させたければ、まずは自分がそう強く願う事から始まる

こんにちは、BABSIです。

最近、周りの人から「ゆとり世代ぽくない」とか「常に逆境が好きそう」とかいうコメントをもらいます。後者は、多分当たっていて、私は常に同じことをやっているのがあまり好きではなく、常に新しいことに挑戦したいといった気持ちが強いことが関連しているかもしれません。とてもわがままな性格です。

さて、私はかつてここヨーロッパで一度勉強がしてみたくて仕方なくて、勤めていた企業を辞め、ドイツ語もほとんど話せない&大学院もまだ受かっていない状態でウィーンに来たわけですが、かといって海外好き?旅行好き?かなと言われればあまりそうではないような気がします。

といいますのも、今この記事を書いているのはコペンハーゲンデンマーク)空港でして、目的地へ行くのにここで約6時間待たねばならないのです。6時間もあれば、一旦街でも観光しなければもったいないのでは?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、思った以上に気温が低いのと、持参した本でも読もうかなと思って、結局空港の中にとどまって、ブログを書いています。

本当に旅が好きな方なら、絶対外へ出るでしょう。きっと、私は、そこまでの欲はないのだろうと思います。もしくは、年をとって外に出るのが億劫になったのか(笑)

 

さっき、ふとノートに、自分が就職したぐらいの頃(2013年)から、大学院をおそらく卒業するくらいの時期(2018年)までを、線を引いて、自分に起こったイベント、将来こうなってほしいという状況を書き込んでみました。

改めて図にしてみると、退職のタイミングから大学院スタートのタイミングの期間が予想以上に短くて、やっぱり猛突進しすぎてたな、と改めて痛感しました。これが私が計画した最短の大学院進学ルートでしたが、あくまで「一番順調に、うまくいった場合」だったので、本当はもっと遅れるかと思っていました。

ここに来るまでに、トラブルもあれば泣きたいようなことも多々あったものの、一方で様々な人に助けられてきたことから、人のやさしさがこれまで以上に身に沁みました。

私のプランの最終目的は”大学院入学”ではなく、大学院で学んだことやウィーンでの経験を通じてその後の仕事に活かす、真に貢献できる人材になるべく世の中に出ることなので、まだまだ現在の私はその旅の途中なのですが、

海外移住する、大学院に受け入れ通知をもらう過程が案外にもスムーズに進んだ理由は、自分がそう強く願ったことが一番の要因なのかなと今になって思います。また、それに際した覚悟で、誰も助けてはくれないという状況をあえて自分で好みました。また、私の育った家庭がもともとそういった教育方針だったことも影響しているかもしれません。

 

何か難しい目標を作った時、どんなに努力してもそれがかなわなかったことはもちろんどなたにもあるでしょう。私は、数えきれないほどありました。「どうせ自分なんか何をやっても無理だろう」という考えが先行したのは二十歳頃まで。それ以降は、何があったのかわかりませんが非常にポジティブで「失敗したのは自分に実力がなかったからだ。ならば次回、成功させるためにもっと頑張ればいい」と考えていました。今でもそうです。

また、もっと具体的に述べるならば、私は常々書いている通り、この留学にあたって経済的な援助は受けていません。以前も書きましたが、両親は私が大学院で勉強していることくらいは認識してても、具体的に何をやっているのか、将来何になりたいかなどはよく認知していません。もちろん、勉強したいという意思は非常に応援してくれていますが、仮に私が困っていても「簡単に助け舟を出さない」というのは、私が子供のころからのうちの両親の方針だったような気がします。だからこそ、私が日本から遠いウィーンにいて「大学院の課題が大変だ」と弱音を吐いても「何を言ってるんだ、しっかりやりなさい」と喝を入れる私の親というのは、

私が具体的に日本の外で何をやっているかは把握してはいなくとも、本人がやりたいと言って決めたことに少しでも妥協があればそれには非常に厳しいのですあなたが自分で決めてやっていることでしょう、と。

そういえば、私は日本の大学に在学しているときも、親に単位取得状況だったり、成績表をみせてほしいといわれたことが一度もありませんでした。逆に「私がちゃんと勉強しているか気にならないのか」とこちらから聞いたくらいで、返ってきた答えは「勉強してなければ、将来自分が困るだけだから。留年しても私たちはなにも面倒を見ないからよろしく。」と。

多分、両親が何でも面倒をみてくれるような環境だったら、私はきっともっとフワフワし、強い意志は持てなかったような気がします。(あくまで、私の場合はです。親からの支援を受けるのが悪いとかいう話題ではありません)経済的支援に限らず、留学前に両親から、オーストリアで具体的に何がしたいかとか、留学が終わったらどうするのかとか、聞かれたことはありますが、それについてしつこく追及されたことはないのです。

だからこそ、後に引けないこの状況があったので、なんとかして目標に近づこう、と日々思い、もともと自分がそういう願いを強く持ってきたことが、気持ちが揺るがずにウィーンで1年歩んでこれた要因だろうなと。ここでの私の生活は、まだまだドイツ語にも英語にも問題があるのは事実なのですが、それでも、もともとドイツ語がほぼ話せない状態できて、その一年後大学院をドイツ語でやっているというのは、非常にエクストリームだと(私の彼が私に言ってくれたことです)。猛勉強、猛スピードがたたってか、結構基本的な知識が抜けてるのが問題なんですけどね。

 

色々ぐだぐだ書いてきたけど、やりたいことに近づく一番強い薬となるのは、自分がそう願う強い気持ちだと思うのです。また、そのためには中途半端にやらないこと。中途半端にならない状況を作ること。

 

これを書いてて思い出したエピソードとしてレディガガの若かりし頃がありました。もともとお嬢様校の出身で成績優秀だった彼女は大学を中退したあと薬物中毒になったそうですが、その時の彼女を訪れた両親は彼女に助けの手を差し伸べなかったそう。レディガガ自身も、親が何かしら助けてくれることを少し期待していたのにもかかわらず。その後彼女は自らの意思でドラッグを辞めて、再び音楽活動に専念したのだとか。

 

さあ、そろそろフライトの時間なので、この辺にしておきましょう。