オーストリアに恋して。

日本でサラリーマンを経た後オーストリアで大学院生に。オーストリア留学情報・蛇足なことも含め発信するブログ。

私が見つけたIKI以外の語学学校In Wien

ご無沙汰しております、BABSIです。

気づけば8月になってしまっていました。

この夏の間、語学学校に通っていました。振り返れば、ウィーンに来て大学入学要件を満たすためにマッハで勉強を進めてしまい、私には肝心なところが抜けまくりなのです。基本的なことを知らなすぎな自分が時々恥ずかしいです。

そしてそんな私が通ったドイツ語教室が”Pizzera Sprachakademie”

www.pizzera-sprachakademie.at

私は過去記事でIKIを押していましたが、IKIは確かに授業などには満足していたものの、学費が高いのと、クラスに入れてもらう前の事務所とのやり取りがめんどくさくて入るのを辞めちゃいました。

Pizzeraさんのドイツ語学校は、既に長いことここに通っているクラスメイトの話によると、担当講師によって若干の当たりはずれはあるようです。しかし、私が大学の都合でドイツ語コースの申し込みが間に合わなくても、その後途中加入させてくれるなど、意外と融通がきくところがいいなと思いました。雰囲気はIKIの規模をもっと小さくした感じですね。

そして別の日本人の方のブログでも書かれているのを見つけましたので、ひょっとしたら日本人の中では既によく知られた学校なのかしら?

 

さて、インスタグラムやブログを開くと他のユーザーさんたちは「英検●級取得」「ドイツ語●レベル合格」みたいに目標を定めている方が多く、かくいう自分も、今年の夏に一つ上のドイツ語のStufeを取得したいなと思っています。実はこれは一年前から思い続けてきたことなのですが、昨年の夏は家問題やらで精神的にも追いやられてしまいそれどころではなくなってしまいました。またその後セメスターが始まると今度は大学の課題に追われてしまい、こんな感じであっという間に一年たってしまいました。

その中でも、日々単語の暗記をしてみたり、友人との会話で知らないと思うものは書き出してみたりと、語学学校に通わずとも、自分でできることには取り組んでいました。また、そもそも、大学の課題がドイツ語である場合が多いのでそれに取り組むことがドイツ語を上達させることにもつながったかもしれません。

私はドイツ語に関しては、実は今もB2しか証明書を所持していません。これは今から約2年前の、オーストリアに移住して半年後に取得したものです。これは大学入学に必要でしたし、無ければ勉学が始められないので、必死で勉強しました。(今年からウィーン大が要求するドイツ語レベル・証明書の類は変更があるそうなので、入学希望の方は要注意です!)

そして前述した通り一年前からC1の取得を考えていましたが、ある時「自分が何のためにC1をとるのか?」についても考えてみました。

直近でC1をとったところで、わたしはその試験結果をどこかに提出しなければいけない、というわけでもない。でも、もし現地で仕事を探すなら、上級のレベルを持っているにこしたことはない。また、本当に自分の能力としてC1レベルを習得できているのならば、これから学業を続ける上でも、文献を読むなり書くなりすることの助けになってくれる。

同居人からは、「あまり資格の取得にはこだわるな」とアドバイスされました。あくまで彼女の意見ですが、「私の友人でC1をとっている人がいるが、BABSIよりもドイツ語は話せないと思う(=試験に受かるためだけの勉強しかしていないから。)」と。また「仕事を探すためというならば、CVの書きっぷり、そして実際に面接すればその人がどれくらいドイツ語ができるか分かるから」と。

私は、彼女のいう事は一理あると思い、資格取得も良いけれど、真に自分の力をつけるために勉強することを大事にしたいな、と思うように変わりました。

大学のドイツ語エッセイなどに関しては、一番最初に仕上げたものは、教授からやり直しさせられました(別記事でも書いています)。その後ドイツ語のニュースを読むようにしたり、ドイツ語文献で知らない言い回しを調べたりしながら、それを自分が書く文章に取り込んでいきました。またドイツ語が上手な日本人の友人からもアドバイスをもらいました。

今は、セミナー内の小さな課題等であれば、ネイティヴチェックは入れず、自分で仕上げた課題はセルフチェックのみで提出しています。あと、どうしても気になるのはDudenで修正をかけます。

www.duden.de

ドイツ語は文法にルールが多すぎてまるで数学みたいで嫌だ、と前は思っていましたが、いいたいことがだんだん書けるようになると、その数学チックな感じがおもしろいと思うように。

また、これは語学の勉強の話から外れますが、自分の言いたいことが表現できるか、相手に伝わるように工夫できるか、というのは語学ができるだけでは乗り越えられない課題であるようにも思います。

昨年、これは英語の課題でしたが、ある授業で仏教とViolenceの関係について論文を書きました。私の英語能力は、完全に自学自習によるものですからドイツ語よりも自信がありません。文法や言い回しのミスに気付かないまま教授に提出してしまいましたが(失礼にも程があった…)彼は丁寧にすべて修正してくれました。「アカデミックな場面では、こういう風に書くといいよ」と。

それに付け足し「君の文章は、論理的でとてもいい。問題提起、根拠、結論がしっかりわかる」と言ってくださった。かつて名門スタンフォードで教鞭をとっていた権威ある先生が、英語の苦手な私に言ってくださったこの言葉は、「書く」という行為に自信を与えてくれました。かつ、これを組み立てるのは語学ができるだけでは乗り越えられない壁。母国語でいかに考えられるか。これほど大事なことはないんだと思います。